らをた広島

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広島カープはなぜ弱い?1


広島カープ
自分がなぜこのチームのファンなのか自分の息子を見るとよくわかる。
とにかく生まれたときからの刷り込みが凄い(笑)
同じコトをオヤジにやられていたのだろう。
その広島カープWikipediaで調べると・・・
「現在日本プロ野球12球団で最も日本一及びリーグ優勝及びAクラス入りから遠ざかっているチームである。
消滅した近鉄を含めたNPB13球団の中で唯一21世紀に入ってから一度もAクラスに入っていない。」
とある。
どうしてカープはこんなに弱くなったのだろう?
原因はひとつということはなく沢山あると思うので検証してみたいと思う。

自分が丁度小学校6年生だった1975年に広島カープは初優勝をした。
それまでずっとお荷物と言われていた弱小球団がだ。
それから1991年に最後の優勝をするまでの16年間がカープ黄金期だ。
その間リーグ優勝6度!うち日本シリーズ制覇3度の濃密な全盛期だった。
自分の青春時代とまさに重なる広島カープの強さは広島人として誇りでもあった。

その中心にいたのは誰がなんと言おうと山本浩二その人であったことは疑いようがないだろう。
「4番センター山本浩二背番号8」は子どもにとってはお決まりのフレーズでソフトボールをするときはネクストバーターズサークルで意味も分からず写真のような山本浩二のモノマネを相手チームを含めてほぼ全員がやっていた(笑)

意外に知られていないが山本浩二は入団してすぐにダレもが知ってるスラッガーだったワケじゃない。
法政三羽カラスといわれてドラ1の鳴り物入りで入団したものの10年近くどちらかと言えば強肩の守備のヒトというイメージが定着していた。
大学出身だったから30歳を越えてベテランになってから急激に長距離打者に成長していったことになる。
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もうひとり強い広島を支えていたのが衣笠祥雄である。
連続試合出場の記録が教科書にとりあげられて有名だが若い頃の破天荒な武勇伝は広島のオールドファンならダレもが知ってる荒くれ者だった。
しかし野球の実力は本物で年間に必ず全く打てなくなる大きなスランプに見舞われる代わりに打ち出したらどんな投手のどんなボールでも長打できる好不調の波が激しい選手だった。
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そんな山本浩二(2339安打・536本塁打衣笠祥雄(2543安打・504本塁打)の500本コンビは応援してるオラがチームだとはいえ凄まじい破壊力だと感心したものだ。
じゃあなんで今こういう中心選手が広島に育たないのか?
よく「オカネがないから」とヒトコトで片付けてしまうヒトがいるがこの黄金時代の広島カープだって大金持ちだったわけじゃない。
こんな選手を取りたくてもとれない時期があったからだ。
1993年に導入された「逆指名制度」
自由獲得枠→希望入団枠と名前を変え2007年に西武ライオンズの裏金問題が発覚するまで14年続いた。
1993年からはFA制度も導入された。
ここで資金面、待遇面で不利な広島は思うような補強ができなくなっていく。
腹も減ったしちょっと長くなりそうなので今回はココまで(笑)

http://www.youtube.com/watch?v=pNUr22iAs1I